コラム・関連情報
  1. HOME
  2. コラム・関連情報
  3. コラム一覧
  4. なぜスペインの農業は強いのか ―スマート農業を活かす産地の仕組み―

なぜスペインの農業は強いのか ―スマート農業を活かす産地の仕組み―

乾いた大地に、白いハウスがどこまでも続く。スペイン南部・アルメリア。今回、現地の農業関係者への聞き取りや農場視察を通じて、この地域の農業の実態を調査しました。雨が少なく、決して農業に有利とは言えないこの土地で、なぜ農業が「稼げる産業」として成り立っているのでしょうか。当初は、アルメリアの競争力を支えているのは先進的な技術そのものだと考えていました。
現地の生産者に"スマート農業"について尋ねると、返ってきたのは「やらないと稼げないからね」という一言でした。実際、データを活用して収量や品質の向上につなげた生産者が収益を上げ、「じゃあ自分もやってみよう」と周囲にも取組が広がっていったといいます。その競争力の源泉は何なのか。その理由をたどると、予想とは少し異なる姿が見えてきました。そこには、日本のスマート農業を考える上でも多くのヒントがありました。

目次

  • 競争力を支える仕組み
  • スマート農業はなぜ必要だったのか
  • 技術を活かす人材
  • データはどう価値を生むのか
  • 成果が技術を定着させる
  • 世界をヒントに、日本農業の次を考える
  • あとがき

競争力を支える仕組み

アルメリアは、降水量が少なく、農業にとって厳しい条件の地域として知られています。しかし、こうした条件の中でも生産性や品質の向上に取り組み、現在ではヨーロッパの食卓を支える重要な野菜産地の一つとなっています。その発展を支えてきたのは、個々の生産者の努力だけではありません。
生産、流通、販売を結び付ける仕組みが地域の中で形成され、市場が求める品質や規格は生産現場での栽培や出荷の判断にも反映されています。生産者は市場の動向を踏まえて経営を行い、農業協同組合は品質管理や技術指導を通じて生産現場と市場をつなぐ役割を担っています。「良いものを作る」だけでなく、「売れるものを作る」という考え方が産地全体に浸透しており、それがアルメリアの競争力を支える重要な要素となっています。

スマート農業はなぜ必要だったのか

スマート農業というと、省力化や効率化のための先進技術を思い浮かべるかもしれません。しかし、現地で見た姿は少し違いました。
市場で信頼を得るためには、安全性や品質を証明し、出荷先の要求に応える必要があります。その背景にはGAP(農業生産工程管理)の考え方があり、食品安全やトレーサビリティを確保するための取組が日常の営農管理に組み込まれています。人の経験や記憶だけでこうした管理を支えることには限界があります。そのため、現場ではデータやデジタル技術が活用されています。
現地で感じたのは、スマート農業が「新しい技術」ではなく、市場の要求に応えながら経営を成り立たせるための日常的なツールになっていることでした

技術を活かす人材

こうした仕組みを支えているのが、「テクニコ」と呼ばれる農業技術者です。テクニコは農協や生産者組織などに所属し、生産者を定期的に訪問して作物の状態を確認し、水管理や施肥、防除などについて助言を行います。その役割は栽培技術の指導にとどまりません。品質管理や認証対応も含め、生産者の経営を継続的に支援する存在として機能しています。

現地で印象に残ったのは、「一人だったらやっていない」という生産者の言葉でした。スマート農業の議論では機械やシステムに注目が集まりがちですが、導入した技術を継続的な改善につなげることは容易ではありません。日々の判断を支え、課題を共有しながら改善を後押しする人材がいるからこそ、技術は現場で活用され続けます。その技術を使いこなし、生産者の改善や成果につなげる人材が産地の仕組みの中に組み込まれていることも、重要な要素の一つです。

データはどう価値を生むのか

アルメリアで特徴的だったのは、データと営農指導が一体となっていることです。テクニコは3050戸の生産者を担当し、12週間ごとに圃場を巡回しながら助言を行います。現地のハウスでは、温度や湿度、CO₂濃度、土壌水分などの環境データがセンサーや管理システムを通じて取得されていました。草丈や果実数、熟度、異常発生箇所といった生育状況に関する情報も記録・可視化されており、テクニコはこうした環境データや生育情報、現地での観察結果をもとに、生育のばらつきや異常の有無を把握し、灌水量や施肥、防除方法の見直しを行っています。さらに、栽培区画の情報はGIS上で整理され、気象予報や衛星画像などと合わせて営農判断の参考として用いられていました。

また、収穫や選別などの作業情報はスマートフォンアプリで記録され、収穫物はロットや箱単位で管理されていました。現場で入力された作業履歴や栽培情報、出荷情報は農協のERP(生産から販売までの情報を一元管理するシステム)に集約され、生産者、テクニコ、農協職員が共同で利用しています。ERPでは農場の生産情報だけでなく、販売先や市場に関する情報も管理されており、生産から販売までの情報がつながっています。認証対応やトレーサビリティの確保に加え、市場ニーズに応じた品質や出荷量の管理にも活用されていました。

成果が技術を定着させる

こうした取組も、最初から受け入れられていたわけではありません。現地で耳にした「取り組んだ農家は、いい車に乗るようになっていた」という言葉が、その変化を象徴しています。隣の農家の変化は、どんな制度や説明よりも説得力があります。経営が改善し、収益が向上する。その成果が見えることで、周囲の農家も動き始めます。

どれほど優れた技術であっても、成果につながらなければ広がりません。アルメリアで普及していたのは技術そのものではなく、その先にある成果でした。だからこそ、「良いことだからやる」のではなく、「経営に必要だからやる」という判断が自然に共有されていたのだと思います。

世界をヒントに、日本農業の次を考える

今回見えてきたのは、技術だけではなく、それを活かす仕組みの重要性です。アルメリアでは、生産者を支える人材や組織、市場とのつながりの中で技術が活用され、その成果が経営や産地の競争力へと結び付いていました。
日本でもスマート農業の導入は進んでいます。本当に問われているのは技術の有無ではなく、その技術をどのように経営の改善や産地の競争力向上につなげるかです。こうした取組は、スマート農業の普及だけでなく、その成果を持続的な競争力へ結び付けるための重要な視点を示していました。

あとがき

今回、スペイン・アルメリアの農業の実態を把握するために現地を訪れました。市場には色や形の異なるトマトが並び、その多様さに目を引かれます。地元食材を活かした料理が日常的に親しまれており、「食を楽しむ」という意識が暮らしの中に根付いていることを感じました。品質の高い農産物を安定して供給する産地があり、それを受け入れる市場や消費者がいる。その関係性が地域の農業を支えています。今回の視察を通じて、農業を、生産だけでなく流通や消費まで含めた一つの仕組みとして捉えることの重要性を改めて認識しました。

農林水産省大臣官房政策課技術政策室 平野智美