異分野の技術を、農業現場で使えるサービスへ ― CEATECの議論から考える、スマート農業の事業化と実装の条件 ―
2026年10月15日(木)、幕張メッセで開催されたCEATEC 2026において、スマート農業イノベーション推進会議(IPCSA)は「デジタルで進化する農業―現場課題を起点に異分野技術が切り拓くスマート農業―」をテーマにパネルディスカッションを行いました。施設園芸・土地利用型農業の生産と研究開発に取り組む農業者、センシング・ドローンの技術企業、農業データ連携基盤を運営する研究機関が登壇し、異分野の技術を農業の課題解決にどう結びつけるか、異分野企業の参入余地があるとすればどこかを議論しました。本コラムでは、その議論をもとに、異分野企業が自社の技術を農業に活かす際の視点を整理します。
■登壇者
モデレーター
- 三輪 泰史 (株)日本総合研究所 創発戦略センター チーフスペシャリスト
パネリスト
- 浅井 雄一郎 (株)浅井農園 代表取締役
- 岡田 昌宏 (株)更別プリディクション/岡田農場 代表取締役
- 齋藤 透 (株)センシフィア 代表取締役社長CEO
- 堤 美音 (株)NTT e-Drone Technology サービス推進部 業務推進部門 業務推進部門長
- 高山 茂伸 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 農業情報研究センター センター長

農業者の現場課題を具体的に把握し、技術の使いどころを見定める
異分野から農業への参入を考える際には、自社の技術で何ができるかを検討する前に、農業者がどの作業や経営上の課題に困っているのかを理解することが出発点になります。例えば、三輪氏は農業者の減少に伴って一人が担う農地が広がっても、働く時間を同じように増やすことができない点を挙げ、岡田氏は、肥料・燃料・農薬や農業機械の価格上昇により、従来の方法を続けるだけでは対応しきれない現状を共有しました。「生産性向上」という大きな課題を、どの作業の負担を減らしたいのか、どの費用が経営を圧迫しているのか、また、どの判断に必要なデータが得られていない、あるいはつながっていないのかまで具体化することで、自社技術を適用すべき対象が見えてきます。
ただし、異分野から参入した堤氏は、前提知識の違いによる難しさを経験し、現場の課題を具体的に理解したうえで、関係者が共通の認識を持つ必要性を実感したと述べました。このことからも、課題を具体的にするのは簡単ではないことがうかがえます。農業者、研究者、機械メーカーの技術者では、使う言葉や前提となる知識が異なるためです。
農業者と開発側が課題や前提を共有できれば、技術を現場に合わせて改良するだけでなく、現場の条件を技術に合わせて変えるという選択肢も、双方で検討できるようになります。三輪氏は、作物をまっすぐ植える、ロボットが通れる幅を確保するといった例を挙げました。今の現場でそのまま使えるかだけでなく、農業者とどのような条件を整えれば使えるかを考えることも、技術の使いどころを広げる方法です。
活用できる技術で何ができるかと、農業者が何を解決したいかは、必ずしも一致しません。その違いを認識したうえで、課題と条件を農業者とすり合わせていくことが、技術の使いどころを見定める土台になります。
一社で完結しない農業だからこそ、栽培知見や他社技術と組み合わせる
農業は、天候の変化に伴って作物の生育状況も日々変わり、地域や圃場によって栽培条件も異なります。そのため農業の現場では、圃場や作物の実態を把握し、より生産性を向上するためにはどのような処置が適切かを判断し、作業するという流れで仕事が進みます。農業において、一つの技術でこのすべてを担うことは難しく、それぞれの社の技術が実態把握・判断・実行のどこを担い、残りを農業者の知見や他社の技術とどうつなぐかが論点になります。議論では、センシングやドローンの事例を通じて、その具体的な方法が取り上げられました。
NTT e-Drone Technologyでは、農業には物理的な作業が多く、ITなどのデジタルサービスだけでは担えない作業を、現場からの情報に基づいて動く機器で支えるためにドローンを開発しています。具体例として、衛星画像を解析し、5メートル四方の区画ごとに肥料をまく量を指定して、ドローンで散布する技術が堤氏から紹介されました。現状では衛星画像の解析結果をもとに施肥量の判断を行うシステムと作業機械を分けて連携させ、システム側で決めた施肥量の指示に沿ってドローンが散布することで、人手では細かく調整しにくい施肥を行うものです。情報を扱う技術と実際の作業を担う機器を組み合わせる役割分担が示されています。
センシングの例では、計測技術に栽培の知見と制御装置を組み合わせる考え方が示されました。齋藤氏は、土壌水分の計測値と農業者の栽培経験を結びつけ、水やりの目安をつくる取組を紹介しました。同氏は、さらにその基準を灌水制御システムに反映し、水やりの自動化につなげる構想も示しました。
これらの事例では、実態把握、判断、実行のどこを自社技術が担うかによって、組み合わせる知見や技術が異なります。堤氏の事例では、衛星画像による実態把握と施肥量の判断をシステムが、散布という実行をドローンが担っています。齋藤氏の事例では、センサーによる実態把握に農業者の経験を組み合わせて判断の目安をつくり、実行は制御装置のメーカーとの連携で実現する構想です。農業者の知見や他社のシステム・機器とどう役割を分担するかが、農業現場においてより生産性向上に役立つ技術・サービスを開発する手がかりになります。

既存の共通データ基盤や機能を活用し、自社技術の開発に集中する
製造業では、設備や工程のデータを集めて活用する取組が広がっています。農業においても、農研機構が主体となってサービス開発に使えるデータや機能を共通の基盤として提供する取組「WAGRI」があり、参入する企業がすべてを自社で用意する必要がなく、異分野企業参入の際にも活用が期待されます。高山氏は、農業データ連携基盤「WAGRI」について、気象・土壌・農地のデータや作物の生育に関するプログラムなどを、200以上のAPI(システム同士を接続してデータや機能を利用するための仕組み)で提供していると紹介しました。
WAGRIでは、全国の農地の区画や土壌のデータ、地域ごとの気象の予測値、水稲や野菜などの生育・収量の予測、画像から病害を判定するプログラム、青果物の市況などが提供されています。こうしたデータを一から集めたり、予測の仕組みを自社で開発したりするには、多くの時間と専門知識が必要です。WAGRIを活用すれば、これらの機能を自社のシステムに組み込めるため、各社は強みを持つ部分の開発に力を集中できます。すでに農機メーカーやICTベンダーなど100を超える事業者が会員となり、農業者向けのサービスを開発しています。
WAGRIを活用することで、参入障壁の1つである農業関係データの収集が容易となる、との紹介もなされました
経営改善につながるかを起点に、技術の価値を問い直す
異分野で評価されてきた技術でも、農業現場で選ばれるかどうかは、農業経営に役立つかという観点で判断されます。会場からは「海外の先行企業の製品が入ってくる中で、日本の企業にどのような優位性があるのか」という趣旨の質問がありました。浅井氏は、農業分野における各国・地域の強みは領域や品目によって異なり、まだ十分に取り組まれていない課題も残されていると回答しつつ、農業者が技術選定する際には、技術の提供元が国内か海外かにかかわらず、自らの経営に役立ち、費用に見合う効果が得られる技術を選ぶとも述べました。岡田氏は、海外の研究者との交流を踏まえ、データを活用した技術を現場でどのように使うかは各国でも模索が続いており、現時点で大きな差はなく、栽培の知見と新しい技術を組み合わせることで、事業機会が生まれる可能性を指摘しました。
両氏の発言からは、海外に先行技術・企業があっても、異分野の企業が農業に参入する余地は大きいことがうかがえます。そのうえで、自社技術の優位性を説明するだけでなく、対象とする農業者の経営条件に照らして、どのような効果が費用に見合うのかを確かめる必要があります。その具体的な条件として、堤氏は、海外の広い農地と国内の圃場では求められる要件が異なるとし、国内の圃場に合う取り回しや操作のしやすさを挙げました。また、同氏は、修理部品が入手できず機器を使い続けられなくなる問題などを挙げ、こうした点にきちんと対応する体制が必要との考えを示しました。
導入時の性能や価格のみならず、部品供給を含む継続利用の体制等も重要な条件です。他分野の製品をそのまま提供するのではなく、対象とする圃場での使い方と、導入後の供給体制まで確認することが、農業向けのサービスを考える際の検討事項になります。
総評
異分野からの参入で問われるのは、他分野で培った技術の強みを、農業の用途にどう結びつけるかです。農業者側と開発側では、前提となる知識が異なります。異分野企業がこうした違いを埋めながら、農業者が抱える課題や、栽培の判断・圃場での作業を理解することで、自社技術だけでは担えない部分が見えてきます。その部分を農業者・研究者の知見や既存のデータ・機能で補うことが、自社技術を農業向けのサービスに応用する際の要点です。
農業には、まだ十分に取り組まれていない課題が残されており、データを活用した技術の使い方も各国で模索が続いています。異分野企業にとって、農業は自社技術を活かせる余地のある分野と言えます。農業者の課題と経営への効果を起点に検討を進めることが、「自社の技術を農業に使えないか」という着想を事業につなげる第一歩になります。
IPCSAでは、農業者、JA、民間企業、研究機関、地方公共団体など多様な関係者が集まり、スマート農業の開発・普及に向けた情報共有やマッチングを進めています。自社の技術を農業に活かしたい方や、現場の課題をともに考えたい方は、ぜひご参加ください。IPCSA総会の様子もコラムで紹介しています。
会員登録は無料です。入会条件や手続きは、IPCSAの会員案内をご確認ください。
参考:
スマート農業を現場で活かすには、何が必要か ― IPCSA総会の議論から見えた、日本のスマート農業の課題と示唆―
WAGRI