スマート農業を現場で活かすには、何が必要か ― IPCSA総会の議論から見えた、日本のスマート農業の課題と示唆―
2026年7月29日(水)に開催した第2回IPCSA総会では、「IPCSAと考える、これからの日本の農業」というテーマでパネルディスカッションを行いました。
パネルディスカッションでは、各営農類型で直面する課題は異なる一方で、スマート農業を単なる技術導入として捉えるのではなく、現場の作業や生産方式、経営のあり方まで含めて考えることの重要性が、さまざまな角度から示されました。本コラムでは、総会のパネルディスカッションで議論された内容をもとに、得られた示唆についてご紹介します。
登壇者
モデレーター
- 三輪 泰史 (株)日本総合研究所創発戦略センター チーフスペシャリスト
パネリスト
- 浅井 雄一郎 (株)浅井農園 代表取締役
- 鈴木 貴博 (株)鈴生 代表取締役社長
- 平 勇人 (株)ファームノートデーリィプラットフォーム 代表取締役
- 内藤 祥平 (株)日本農業 代表取締役CEO
- 後藤 一寿 (国研)農業・食品産業技術総合研究機構

スマート農業を現場で活かすには、運用・生産方式の見直しも必要
今回の議論では、浅井氏と内藤氏から、スマート農業の推進にあたっては、技術そのものだけでなく、生産現場の運用や仕組みもあわせて考える必要があるとの指摘がありました。
たとえば浅井氏からは、施設園芸分野におけるAIやロボティクスといった技術への期待が語られる一方で、それらをあくまで手段として捉え、生産現場やオペレーションにどのように組み込むかを、農業経営者や栽培管理者自身が具体的にイメージすることが重要である、という発言がありました。また、同氏より、地域や品目が異なっていても、生産性を高めるための基本的な構造や仕組みは共通しており、投入する労力やコストと、そこから得られる成果とのバランスを意識するという観点から、スマート農業技術を捉えるべきだという指摘もありました。
さらに内藤氏からは、果樹分野ではスマート農業技術の導入にあたり、樹形の転換が前提となる場合があり、技術導入とあわせて生産方式そのものを見直す必要があるとの指摘がありました。
スマート農業技術を導入・活用するために必要なことは、既存の作業をそのまま置き換えるだけではありません。技術の効果を十分に引き出すよう、作業工程や栽培方法を見直すことや、導入に後に投入する労力・コストを再検討することまで含めて生産現場を再設計することが重要です。すなわち、技術を現場に合わせるだけでなく、現場も技術を活かせる環境へと変えていく、相互の歩み寄り視点が求められます。

現場の課題を起点に、導入条件・運用・成果までつなげて考える
パネルディスカッションでは、「現場」が一つの重要なキーワードとなり、現場の課題を踏まえて技術の開発・実装を進めることの重要性が示されました。技術の開発・実装を支える連携のあり方について、後藤氏からは、欧州では研究者、農業者、メーカーが対等に議論し、現場での試行から実装へとスピード感を持って進めていることが紹介されました。同氏からは、研究開発だけでなく、投資やビジネス化も見据えて関係者が連携できる仕組みをつくることと、参加者が自ら発言し、課題解決に関与することの重要性も示されました。
こうした現場での試行や農業者との協力を重視する考え方は、総会の基調講演で紹介された事例にも通じています。Jacob van den Borne氏のインタビューでは、現場の課題を見極めたうえで技術を試験し、採算性や自らの農場への適合性を確認して導入を判断するプロセスが紹介されました。また、Odd.Bot社の事例では、開発初期から農業者と協力し、実際の使用状況を踏まえながら技術を改良していく取組が紹介されました。
スマート農業の普及を進めるには、どのような現場課題に対して導入され、どのような条件のもとで活用され、どのような成果や難しさがあったのかを共有していくことが重要です。議論の中でも、成功事例だけでなく、期待した効果が得られなかった事例やその要因についても共有していく必要があるとの意見が浅井氏より挙がりました。現場起点で考えるとは、農業者の課題を聞くだけで終わるのではなく、その課題を技術・導入条件・運用・成果までつなげて考えることだといえるのではないでしょうか。

AI・データ活用には、現場に合った仕組みと安心して共有できる基盤が必要
今回のパネルディスカッションでは、AIやデータ活用についても議論が交わされました。
三輪氏からは、生成AIについては汎用的な生成AIをそのまま活用するケースもある一方で、日本の農業に合わせて独自にチューニングした生成AIを構築する動きもあることが共有されました。同氏からは、汎用型の生成AIは気軽に使いやすい反面、事実と異なる回答を生成するリスクがあること、また、独自の仕組みにこだわり、外部の技術進展を取り込まないまま開発を進めると、社会全体の技術進展から取り残されるリスクもあることが指摘されていました。
今回のパネルディスカッションでも、現場での具体的な活用例として、鈴木氏から、生成AIを活用しながら自社システムを継続的に改修し、複数の圃場や作業情報をAIが分析して各生産者への振り分けを行う仕組みや、資材発注をボタン一つで取引先に送れる仕組みを構築しているという紹介がありました。さらに同氏からは、今後は、外部の既製システムをそのまま利用するだけでなく、それぞれの経営体が自らの業務や課題に合わせて必要な機能を構築・改修していく方向に進んでいくのではないか、という見方も示されました。
また、データ活用の前提となるデータ基盤について、平氏からは、牛の分野ではデータが分散し、十分に統合されていないことが課題として挙げられました。必要なデータ項目は畜種ごとに異なるものの、目指す経営に応じたデータ体系や、国内の畜産経営を支える利用・共有のあり方は、畜種を横断して議論すべき重要な論点であるとの見解も示されました。さらに、特に鶏業界では、海外製機器を通じて管理ノウハウに関わるデータが国外に流出する可能性への懸念も紹介され、データの活用とあわせて、その取扱いを考える必要性が示されました。
平氏の発言からは、データを集約・活用するだけでなく、誰がどのデータを共有し、どのように利用するのかというルールや仕組みも重要になることがうかがえます。この点に関連して、総会の基調講演での対談では、Jos Verstegen氏からも、農業者が安心してデータを共有するための考え方が示されました。同氏は、非公開にすべき情報を含め、データの扱い方を定めることに加え、共有したデータが自らの経営にも価値をもたらすと農業者が実感できることが重要であると述べています。システム間の連携に加え、安心してデータを共有でき、その成果を利用者に還元する仕組みも、現場での活用を支える条件といえます。
これらの議論からは、スマート農業が普及し、活用されていくなかで、個別技術の導入だけでなく、システム間連携や情報の扱い方も重要な課題となるといえるのではないでしょうか。
総評
今回のパネルディスカッションでは、営農類型ごとに異なる課題が共有される一方で、スマート農業技術の開発・活用を、現場の運用や経営と結びつけて考える必要性がさまざまな角度から示されました。
技術を現場の成果につなげるためには、現場でどのように使われ、どのように効果を生むのかを捉えるとともに、経営やデータの取扱いといった条件も含めて考える必要があります。
また、スマート農業技術によって現場の課題を解決する、という視点のもと、成功事例だけでなく、失敗も含めた実践知を共有しながら、農業者、企業、研究者、行政などが知見を共有することが、スマート農業の開発と普及の好循環につながると考えられます。
IPCSAでは、スマート農業の開発と普及の好循環を生み出すため、各プラットフォームで現場課題や技術の開発・活用に関する議論を行っています。例えば、生産方式の見直しと普及について、果樹(リンゴ)を題材に、生産方式の変更における課題・解決方法に関する議論を進めています。また、生成AIを含む先端事例について、国内外の事例を収集・議論し、その内容をセミナーやコラム等を通じて発信をしています。
こうした各プラットフォームでの議論や活動については、IPCSA Webサイトでも随時紹介しています。スマート農業に関心をお持ちの方は、ぜひあわせてご覧ください。
2026年度総会基調講演に関するコラム
・化学除草と手作業除草の間を埋める ―オランダ発・自律型除草ロボット「Odd.Bot」が描く持続可能な農業―
・現場なくして課題なし、課題なくして技術なし ―オランダの先進事例に見る、スマート農業技術と農業現場の新たな関係―
・日本の農業の強みをどう活かすか―Jos Verstegen氏が語る、スマート農業を前進させるために必要な視点―
生産方式革新実施計画の認定制度(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/houritsu/241001.html
また、IPCSAでは、スマート農業にご関心のある皆さまのご参加をお待ちしています。詳しくはこちらをご覧ください。
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