日本の農業の強みをどう活かすか―Jos Verstegen氏が語る、スマート農業を前進させるために必要な視点―
第2回IPCSA総会の基調講演では、ワーヘニンゲン大学・研究センター内の国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構欧州拠点に駐在する町田(平野)僚子氏との対談を通じてJos Verstegen 氏が国際的な視点から日本の農業とスマート農業の可能性について語りました。
対談では、日本の農業に対する世界的な評価、日本の技術が持つ強み、スマート農業を導入段階から定着段階へ進めるための仕組み、さらにデータ共有や人材育成のあり方まで、幅広い論点が示されました。本コラムでは、総会でご紹介した内容をもとに、Jos氏のメッセージをご紹介します。
2026年度総会基調講演に関する第1回コラム(Odd.bot社)、第2回コラム(Jacob氏)についてはこちらからご覧いただけます。
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世界から見て、日本の農業はどのように評価されているのでしょうか
世界的な評価は非常に高いです。日本の農産物は最高水準の品質を誇り、とてもおいしく、安全性にも不安がありません。
また、スマート農業の観点から見ても、日本にはロボット、ドローン、AIなどの最先端の要素技術があります。一方で、多くの技術が大学で開発されているものの、現場への導入はやや遅れており、ここは改善すべき点だと考えます。ただし、日本が世界トップレベルの技術を有していることは間違いありません。
日本のスマート農業技術には、どのような強みがあるのでしょうか
強みは2つあります。
1つ目は、農業専門のメーカーがそれほど多くなく、多くの技術が農業以外の企業によって開発され、それを農業向けに転用している点です。これは一見すると不利に思えるかもしれません。しかし、例えば自動車製造用ロボットを手掛けるデンソーは、その技術を施設園芸向けに転用しています。これは大きな強みにもなります。他分野で培われた非常に高い技術基準を、農業に応用できるからです。
2つ目は、非常に厳しい環境の条件に対応しなければならない点です。日本には丘陵地が多く、稲作も高湿度の環境で行われるため、ロボットが作業するのは容易ではありません。しかし、こうした難しい条件を克服できれば、それ自体が強みになります。日本では堅牢な技術が開発されており、ロボットを開発する人材も非常に優秀です。これは日本のものづくりを象徴する特徴だと思います。日本企業の機械は、各日に動き、最新技術が搭載されているという信頼があります。これは大きな強みです。模倣品を作る企業と競う必要はありません。技術の先頭を走り、厳しい環境でも安定して稼働する製品を生み出せる強さがあるからです。

日本の技術は、どのような課題の解決に貢献できるのでしょうか
すでに世界中で貢献しています。特に最新技術が求められる場所や、厳しい条件を克服しなければならない場所に対して、解決策を提供しています。
スマート農業を導入段階から定着段階へ進めるには、何が必要なのでしょうか
ここで私が紹介したいのが、「農業知識・イノベーションシステム」という考え方です。これはEUで広く使われている用語で、欧州各国では、自国の農業知識とイノベーションシステムを照らし合わせ、システムのどこに空白があるかを調べています。農業者とアドバイザー、農業者と研究者、あるいはアドバイザーと研究者をどう結ぶかを考え、こうしたつながりを可視化することで、それぞれの関係性を分かりやすく把握することができます。
日本の農業では、低い生産性や農業所得、農業に対する厳しいイメージ、高齢化、従来の手法の継続が相互の関係し、悪循環を生んでいます。スマート農業を導入段階から農業者に定着する段階へ進める方法としては、若手農業者が起業家精神を発揮し、経営を成長させられる余地をつくることです。政策による後押しも重要です。規模が拡大すれば、労働力不足という課題に直面します。特に農村では、適切な技能を持つ人材の確保が非常に難しいからです。すると省力化技術が必要となり、ロボットやAIへの需要が自然に生まれます。農業者が起業家としての訓練を受け、利用可能な技術を理解していれば、技術がそろった段階で政府はイノベーション補助金によって支援できます。望ましいのは、生産補助金や価格補助金ではなく、イノベーションに焦点を当てた支援です。技術を導入したい農業者に対し、有利な条件の融資や投資額の一部を補助することで、技術導入はより速く進むと思います。
データの標準化と共有、プラットフォーム開発はどう進めるべきでしょうか
データ共有には常に慎重さが求められます。自分の取り組みを他者に明かすことになるからです。失敗することもありますし、それを他人に見られたくない場合もあります。人々にデータを共有してもらうためには、まずデータ・ガバナンス(データを効率的かつ安全に収集・管理・活用するための仕組み)を整える必要があります。非公開にすべき情報もあります。農業者が必要としているのは、他の農業者との比較だけかもしれません。比較データに個人名は必要ありません。平均値や最大値、最小値が分かれば、自分の経営と比較できます。データ・ガバナンスを整えることで、プライバシーや機微性の問題は解決できます。
データ共有でもう一つ重要なのは、自分が提供し、プラットフォームに集められたデータが、自分にも価値をもたらすと農業者が実感できることです。
農業のデジタル・イノベーションでは、データ基盤や分析技術だけでなく、成立するビジネスモデルや組織面の仕組みも欠かせません。データが適切に扱われ、人々が安心して共有できる環境を整えることが、データ駆動型のイノベーション・エコシステムを構築するうえで重要です。*
私は高知県のSAWACHIプラットフォームの開発に携わってきました。これは、地域の農業者同士が信頼をどう築き、データ共有と相互学習に向けた好循環をどう生み出すかを体現した優れた事例だと考えています。プロジェクトでは、約1,500戸の施設園芸生産者が非公開の形でデータを共有し、SAWACHIはそのデータから比較指標を作成します。他の人の取り組みを知ることで、いつ灌水するか、いつ何を植えるか、どのような対策を取るかを判断できるため、データを通じて相互に学習しています。コミュニティでデータを共有することで、全員が一緒に成長できます。一人だけが速く進み、ほかの人が取り残される仕組みではありません。全員で前進するのです。それがデータ共有への大きな動機となり、刺激にもなります。この分野を進めるうえで、非常に優れた事例だと思います。
日本らしさを維持しながら、スマート農業を前進させる鍵は何でしょうか
技術開発を続けるべきです。先頭を走る者に、休んでよい瞬間はありません。世界も動いているため、常に前進し続ける必要があります。立ち止まれば、ほかの人に追い越され、先頭ではなくなります。だから、技術開発を続けるべきです。
同時に、品質、おいしさ、高付加価値商品への注力は、今後も進めるべき分野です。これは日本が大切に守り、さらに発展させるべき強みだと思います。
総評
今回のJos氏の講演で特に印象的だったのは、日本のスマート農業を考える際に、技術そのものの水準だけでなく、それを現場に定着させるための仕組み、人材育成、政策、データ共有の設計までを一体で捉えていた点です。
日本にはすでに、ロボット、ドローン、AIなどの最高水準の技術があります。また、農業以外の分野で培われた高い技術基準を農業に転用できること、厳しい自然条件の中で堅牢な技術を磨いてきたことも大きな強みです。一方で、技術が現場に導入され、農業者に定着するまでには、研究者、アドバイザー、農業者、政策立案者など、多くの主体をつなぐ仕組みが欠かせません。
特に、データ共有においては、技術的な標準化だけでなく、プライバシーや機微性への配慮、そして「共有したデータが自分にも価値をもたらす」と農業者が実感できる設計が重要であることが示されました。これは、官民を問わず今後のスマート農業政策や地域での実践を進めるうえで、大きな示唆を与えるものです。
また、本講演の中で紹介された高知県のSAWACHIの取り組みについては、IPCSAコラムでも詳しく取り上げています。データ共有を通じた相互学習やコミュニティ形成の実践事例として、本講演で語られた「信頼に基づくデータ活用」の考え方をより深く理解いただける内容となっています。ぜひあわせてご覧ください。
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IPCSAでは今後も、国内外の知見や先進的な取り組みを取り上げながら、スマート農業の普及や現場課題の解決につながる情報を発信していきます。今回の講演内容も、日本の強みを活かしながら、どのようにスマート農業を前進させていくかを考えるうえで、多くの示唆を与えるものとなりました。
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